あとは野となれ山となれ

たいせつなものは目に見えないんだよ

ままならぬ世なれど『モーニングサービス』三田完著

東京は浅草、浅草寺近くの観音裏と呼ばれるところに、昭和の香り高い喫茶店カサブランカ」はある。仲見世通りが観光客でにぎわっても、この喫茶店は毎日ほぼ常連の顔ぶればかりで、老夫婦2人の生活がやっと成り立っている感じである。その常連客や訳ありそうな経営者夫婦士郎と富子の話が、連作短編のような感じで6つの物語として綴られる。

 

最初の「モーニングサービス」は、カサブランカには珍しい新しく若い客であるヒカル君の登場だ。大学に通うのに都合が良いのでこのあたりに住むことにしたと言うヒカル君は体は男だけれど心は女性という問題を抱えていた。

 

常連客の顔ぶれは、もと売れっ子藝者(著者の表記)で今は江戸浄瑠璃の古い流派である鈴八節の家元である澄江、若いころ歌舞伎の役者修業をしていたことがあり、今は近所ですき焼きの店を営む文造、藝者修業を始めたばかりだが気立てが良くて澄江に可愛がられている秋田出身の菊江らだ。

 

それぞれがままならない人生を生き、今はカサブランカのモーニングサービスの朝食とおしゃべりを楽しみに暮らしている。そんな中でも、また良いことやら思いがけないことやらが彼らの周囲に起きてくる。下町らしい互いの思いやりや気遣いが心地よい。

 

また、新潟の内科医院の息子であるヒカル君が通うのは医大で、解剖学の授業の様子が結構こと細かに描かれ、今までテレビドラマの法医学物を随分見てきたけれど、勉強の過程をこのように細かく知ったのは初めてで、こんな過酷な授業を通ってきたのかと思うと、改めてお医者様に敬意がわく。また献体をする方への感謝の念も覚える。

 

語られる話は、ほのぼのとした本の表紙や冒頭の雰囲気とは違ってなかなかに重い話もあるが、登場人物たちのキャラクターの効果だろうか、全体的に明るく、いろいろあるけど人生っていいよねという気持ちになる。浅草に遊びに行き、カサブランカのモーニングサービスの朝食を楽しみたい気分になる。