あとは野となれ山となれ

こどもや動物、みんなが安心して暮らせる世界でありますように・・・

ちょっとした嘘さえ怖くなる『汚れた手をそこで拭かない』芦沢央著

手は、洗面所でしっかりきれいにしてからタオルを使うよう心がけている私には、訴求力の強いタイトルだったが、内容はだいぶ思っていたのとは違った。特に潔癖症の人や不潔恐怖の傾向のある人は出てこない。そもそも短編集によくある、収蔵作品のタイトルでもなかった。

 

ただ、運が悪かっただけ

建具職人の夫と、末期がんで夫が仕事をするそばで最期を過ごすことを選んだ妻の物語。何か辛いものを抱えているらしい夫に、何もできないけれど話を聞くことくらいならできるからとせがみ、夫の若いころの秘密を聞く。人を死なせたことがあると夫は語り出す。誠実な暮らしぶりを感じさせる夫婦と、救いのあるラストによき読書の予感。

 

埋め合わせ

小学校の男性教師が主人公。日直の日に、プールの清掃のために一旦開けた排水バルブを閉め忘れる。プールの水面が低いことに気付き半分ほどの漏水で済んだのだが、教頭に報告するタイミングを失ってしまい、弁償金額や査定に響くことを恐れてなんとかごまかす方法を考え始める・・・。自分はこんな男と違う!と断言できるだろうかと不安になる。

 

忘却

戸建てのマイホームを売却し、長男一家の近くのアパートに転居して暮らす80代の老夫婦。妻はまだら認知症が始まっていて、危なっかしい。隣の部屋の独居の老人が熱中症孤独死していた。電気料未払で電気が止められ、エアコンが使えなかったかららしい。10日ほど前その男性への電気料の督促状が間違ってポストに入っていて、気づかないまま開いてしまったのを、本人に渡しそびれていた。そのために相手を死なせてしまったかと夫は悔やむが、話は意外な展開を見せる。

 

お蔵入り

資金集めもままならない若手映画監督が、運よくベテラン俳優と人気グループのメンバーであるアイドルを使って撮った作品は、偶然も作用して素晴らしいできでクランクアップを迎える。そこに入ってきた極秘情報は、その主演を務めるベテラン俳優が薬物使用で逮捕寸前というものだった。このままでは映画はお蔵入りになってしまう・・・。

 

ミモザ

主婦業の傍ら書いた趣味のお料理ブログが人気を集め、今や料理本を何冊もベストセラーにしているヒロイン。会社勤めをしていた頃付き合っていた上司だった男がサイン会に現れ、順風満帆な生活に不穏な風が吹き始める・・・。

 

最初の作品が余命いくばくもない妻とその夫の話で、しかも鼻持ちならないクレーマー男も出てはくるものの救いのある終わり方だったので、同様の傾向かと期待したが、2話以降はなかなかにぞわっとするものを含んだ物語だった。

 

けれども、だからこそ、正直に、誠実に、地道に、暮らす何気ない日々の貴重さを、再確認させられるのかもしれない。

 

 

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この帯が付いていたら借りなかったかもしれない。でも、嫌な読書ではなかったので、やはりこの著者を知ることができて良かった。