2週間ほど前に読んだ『フォグ・ハイダ』の、シリーズ第一作である『ヴォイド・シェイパ』を読んだ。『フォグ・ハイダ』があまりに素晴らしかったので、なんとしてもシリーズをちゃんとすべて読みたいと思い、図書館にリクエストを出した。著者のおびただしい作品の中でも評価の高い本シリーズであるが、幸い10年ほども前の作品なので、すぐに手元に届いた。
何の前知識もなく手にした前回と違って、今回はもう読む前から期待度は非常に高まっている。それでもなお、期待にたがわぬ楽しい読書となった。
主人公の山の中の生活しか知らない若い侍ゼンが、師であり唯一の家族でもあったカシュウの死によって、言いつけ通り里に下りて里の長の家を訪ねるところから始まる。前作は各所に『五輪書』の一節が引用されていたが、本作では新渡戸稲造の『武士道』が引用されている。
この作品でも地の文は主人公ゼンの独白という形で、ひたすら剣の腕を上げることを目指す彼の心象風景が描かれるのだけれど、簡潔な短い文章の繰り返しで、時には禅問答の様相を呈しながら、高潔な主人公の魅力にグイグイとひきつけていく。
ゼンは行く先々でさまざまな人に出会い、その相手は剣豪から僧侶そして老婆・子供と変化に富むが、どのような相手からも彼は人生や剣の道の学びを得る。そうした登場人物たちの描き方も生き生きと魅力にあふれている。
今回はこのゼンの出生に関わる品について語られ、どうやら彼が相当の身分の出自らしいことが分かるのだが、それを証明するものを躊躇なく「燃やしてしまえ」と言うゼンは、現実世界の欲の皮の突っ張った醜い妖怪どもと違って、実に高潔で清々しい。
次なる作品への期待もさらに高まる。