あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

スカッと爽やか『漁師志願!』山下篤著

検索してもまだWikipediaのサイトも見つからないので、同作品のamazonの販売サイトの著者紹介によれば「1958年、広島県生まれ。神奈川大学国語学スペイン語学科卒業。出版社勤務のかたわら、少年少女向けの作品を書き始める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)」とのこと。

 

同じサイトの内容紹介には、

「漁師募集!瀬戸内海で鯛の養殖」の広告に東京の青年が応募した。バイト人生のお調子者智志と、四年間寿司職人見習いをした真面目な真二、正反対の二人だ。小さな島での不自由な共同生活と厳しい漁師修業に、二人は耐えられるのか。が、親方の豊富な経験と仕事への静かな情熱にひそかに心揺さぶられるうち、二人の中で何かが変わっていく。―美しい自然をバックに描かれた爽やかな青春小説。

とあって、すぐにそこで起きるであろうあれこれが頭をよぎりそうな青春物語という感じだ。

 

けれども、俗世の穢れにまみれた私なぞが想像するより、はるかに爽やかに2人の青年の物語は展開する。それがつまらないと思う読者もいるだろうが、今の私の疲れた心には大変心地よかった。

 

そもそも私は一次産業が好きだし、やはり人間にとって一番大切な仕事だと思っている。現代では、人間社会の最後のほうになって生まれた金融業やIT産業が幅を利かせ、とんでもない富を産むようになっているけれど、どうも原始的人間の私は、それらに携わる人を尊敬する気にはなれない(もちろんそうした人々の中にも、真剣に弱い立場の人を救うべく頑張っている人もいるかもしれないが)。

 

その点一次産業は分かり易い。原始的社会であろうと未来社会であろうと、人が生きていくためには食べなければならない。未来社会では一粒の錠剤で一日の必要栄養素がとれるなんてことになるかもしれないが、それでもきっと、人間は美味しいものが食べたいものだろう。

 

この物語に登場する真二と智志。智志はちょっとかわいい女性を見れば話しかけずにいられないような、今の言葉で言えば「チャラい」男である。漁師だなんて、三日と持たずに逃げ出すことだろうと思っていた。正反対に真面目過ぎる真二はそんな智志と到底うまくやれないだろうと思っていた。

 

けれども、養殖している鯛の稚魚たちが可愛かったのか、はたまた親方が人間としてよほど魅力的だったのか、二人はなかなか良いコンビネーションで仕事をしていく。

 

近頃のさびれた地方都市ではよくあるような、開発にかかわることで現れる不穏な男こそ登場するが、悪人らしい悪人はいなくて、超のつく無口な漁師や世話焼きのスナックのママ、診療所の先生や看護師さんなどに囲まれて成長していく二人の物語を読んで、若い人が「ああ、こんな人生もあるんだ」と知ってくれたらと思う。

 

物語のようにうまくはいかないかも知れないけれど、どこにいてもうまくいかないことやつらいことはある。どこが自分にとって居心地の良い場所になるか分からないが、思ってもいなかった場所で思ってもいなかったことに挑戦してみるのもいいのではないか。ダメだったらまたやりなおせばいい。それができるのが若いときなのだから。

 

真二と友美、智志と菜摘、それぞれのこれからは?そしてそれ以上に親方の鯛の養殖場はキャンプ場に代わってしまうのか?ちゃんと後味の良い終わり方だが、続編も十分に期待できる。でも、2007年の出版でいまだamazonのサイトに一つのレビューもないようでは難しいのだろうか。