東京は麹町に残る古い屋敷で暮らす、亥年生まれの女5人。お嬢様気質の抜けない牛島富子と娘の美智子、美智子の娘真由。そして富子が子供の頃から「ねえや」として付き添ってきたきくと、その娘の紀美だ。
皇太子御成婚の年の生まれだから名付けられたという、美智子の視点で語られる。東京スカイツリーが間もなく完成するという時代背景だけれど、この牛島家には昭和の雰囲気が色濃く漂っている。一回り違いの二人の婆、きくさんと富子さんの昔語りが多いということもあるが、お嬢さん育ちの母に育てられた美智子さんも、時代にそぐわないおっとりとした人物だからだろうか。
また、美智子さんの学生時代の話もそれに一役買っている。この国がまだ豊かで、学生たちがのんびり幸せに過ごしていた時代。美智子の友人で、モデルのように個性的で美しく、自由に生きていた「アブ」が印象的だ。
私にはさっぱり分からない東京の街のそれぞれの表情だが、分かる人にはそうした東京の描写もこの物語をさらに楽しくすることだろう。
細かめの活字で411ページという結構な長編なのだけれど、それほど大きな事件が起きるわけではない。ちょっと変則的な家族構成の家を中心に、季節の行事や自然の変化を織り込んだ東京の街の情景や、日常のちょっとしたできごとが魅力的に綴られる。
人が人と暮らしを共にすることや、日々を愛しむことを考えさせてくれる。時間はどんなにあがいても一方向にしか進まず、決して後戻りはできないのだけれど、こんな時代に、こんな暮らし方に、なってしまっていいのだろうかと改めて思った。
東日本大震災の日の東京の様子で唐突とも言える感じに終わるのが、なんだかこのあとのさらに厳しい時代を暗示しているようにも思えるが、この物語自体は終始のどかな雰囲気で、長かった昭和の、一番幸せな時代を味わえるような気がした。