あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

まさにココアの味わい『木曜日にはココアを』青山美智子著

特にカフェインの入った飲み物を飲んだわけでもなければ、実に穏やかな一日で興奮するようなこともなかったのだが、なぜかゆうべは久々になかなか寝付けず、寝床を眠れなくて悩む場所にしてはいけないと思い、とうとう日付が変わった頃に起き出した。

 

リクエストしてから8か月近く待った本がやっと届き読み始めていたので、その本の続きを読む。面白い本なので眠気が差すことなどないのは分かっていたが、次の日に特に予定はないので、眠くなれば昼寝をしてもいいやと開き直った。

 

読みやすいこともあって、2時頃には読み終えた。眠気は来ていないけれど、温かな思いに満たされてベッドに戻る。今度は悩むことなくいつの間にか眠りにつき、目覚めると7時を回っていた。

 

著者は青山美智子さんで、同じ著者の『探し物は図書室まで』も、やはり8か月待ったのだった。

hikikomoriobaba.hatenadiary.com

 

たぶん、この本を知ったのもつるひめさん(id:tsuruhime-beat)のブログだったと思う。そしてこの『お探し物・・・』がとても良かったので、同じ著者の他の作品もと思って、何か月かのちに『木曜日・・・』を予約し、今回手元に届くに至った。

 

12の短編集で、登場人物がそれぞれつながっているところなども『お探し物・・・』と似ている。そちらはコミュニティハウスの図書館の司書さんがキーマンだったが、本作の中心になるのは川沿いの桜並木の蔭にある小さな喫茶店マーブル・カフェの雇われ店長の青年だ。

 

その喫茶店に決まって木曜日の午後3時頃現れ、いつも同じ席で夏でもホットココアを注文し、エアメールを読んだり書いたりする髪の長い女性。青年はひそかにその人を見つめるようになる。

 

その喫茶店からつながっていく人々のお話がつむがれるのだが、200ページちょっとの本で12の物語なので、一つひとつのお話は本当に短い。けれども、どの物語もまさにホットココアのようにじんわりと心にしみて温まる。

 

ちょっときつくて嫌な人だなと思った人が、視点が変わるとただお世辞のない仕事に真摯な人だと分かる。高校生の時、マラソンで「一緒に走ろうね」と約束しながら終盤であっさり自分をおいて走り去った友人。長い時を経て、それには意外な理由があった事を知り、不倫から始まったと思い幾分抵抗を持っていたその友人の結婚を、心から祝う気持ちになる女性。

 

はなから苦手だと思って距離をとってしまう人もいる。また何でも分かりあえると思っていた人と、ちょっとしたことで気持ちが行き違ってしまうこともある。少し違う視点を持つことで、あるいは勇気をもって一歩踏み出すことで、まるで違う景色が見えたり、別の場面が展開することがあるのだよと励まされる思いがした。

 

茶店マーブル・カフェの経営者は、初めて客として訪れた青年に店を任せてどこかに消えてしまうのだが、このおでこの真ん中に印象的なほくろのある「マスター」が、随所に顔を出していろいろな人の才能を引き出す。

 

人生の先輩としてこんな役割を担えたら素敵だなと思うけれど、これは誰でもできることではない。才能を見いだす力と、ある程度人脈や財力がなければできないことだ。この「マスター」が、案外隠れた主役かもしれない。