あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

贅沢な装丁だったらしい『群青の湖(うみ)』芝木好子著

どうしたら、文章がここまであざやかに風景や色彩を写しとることできるのか。芝木好子の小説を読むと、描写力の力強さに、きめ細かさに、圧倒されてしまう」というsmokyさんの最後の文章に惹かれて、この作品を市民館(4月からは生涯学習センターと名称変更)にリクエストした。

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慣れ親しんだ東京を離れ、近江八幡の旧家の嫁となって家付き娘の気難しい姑篠にいびられ、頼みの夫潮(うしお)には、若い女の誘惑で背かれる。たまらず瑞子は幼い櫻子を連れて婚家を飛び出し、湖の北の端までさまよっていく。時代背景は昭和30年代の終わり頃なので仕方ないのかも知れないが、『ちいさいおうち』の時子やタキは、彼女よりも少し上の世代なのに強かったことを思うと、この瑞子の行動が少々歯がゆい。

 

しかし、死にきれず運命に助けられてからの瑞子はたくましい。染絵から染織に転向し、幼い櫻子を背中にくくりつけて機に向かい情熱を傾けていく。自然のものから染める色に夢中になり、苦い思い出の残る琵琶湖の妖しい色に導かれてのめり込んでいく。母の強い思いを理解するかのような櫻子のふるまいが、けなげでいとおしい。

 

強い女たちに比べ、男たちはいささか情けない。脚本家になる夢を抱いて上京しながら、挫折して古いしきたりの家に舞い戻り、あげく若い女の誘惑に落ちる瑞子の夫は最たる人物だ。舅泰造は瑞子に優しいが、妻の篠には頭が上がらない。

 

潮の兄で旧家を継ぐはずの長男玲は、結核で死の床にある。母の溺愛を受け気難しい病人だが、なぜか瑞子には冷たいながらも心を開いているらしく、この二人のやり取りは魅力的だ。そして彼の存在がその後瑞子の創作活動の源になっていく。

 

シングルマザーの瑞子の創作活動は、東京の叔母たまきや手伝いの鈴を始め周囲の多くの人たちに支えられている。そうした周辺事情の描写も、この作品の魅力の一つになっている。

 

私はこの著者の作品に触れるのは初めて・・・と思っていたのだが、読書記録を調べると、乙川優三郎さんが芝木さんの文章を絶賛されていたのを知って、令和2年に『隅田川暮色』を読んでいた。こちらも女性の職人がヒロインだけれど、ちょっと生き方が好みではなかったかブログには取り上げていなかった。

 

 

1990年出版の本作の単行本は、箱は志村ふくみさんの作品の淡い青のグラデーション、中は鮮やかな水浅黄(みずあさぎ)の布本という大変美しいものだったようだ。私は図書館本なので箱はなく、本の方も残念ながら浅黄色がすっかり褪せてしまっている。