あとは野となれ山となれ

たいせつなことは目には見えないんだよ・・・

江戸市井に生きる女と男『芥火』乙川優三郎著

私の乙川作品は現代ものから始まったと言えるが、元々は時代小説で頭角を現した方である。その時代小説で、時代小説大賞・山本周五郎賞直木賞を次々と獲得したあとの、2003年から2004年頃に「小説現代」に掲載された作品を集めた短編集だ。

 

身寄りのないかつ江は十七から水茶屋で働き、持ち前の器量で商家の主の妾となるが、病がちになった旦那から別れ話を持ち出される。すでに、来るかどうかわからない男を日がな待ち続ける生活にうんざりしていたかつ江が、それを潮に自分で店を持つ生き方を選んでしたたかに生きていくさまを描いた表題作の『芥火』。

 

魚油問屋の次男坊に生まれ、好きな小紋の型彫師の道を歩み始めながら、急逝した兄の代わりに家に戻って家業を継ぐことになった由蔵。商いは順調にいくが満たされない。ある日彼は、ほれぼれするような小紋を行きつけの料理屋の女将に見せられ、封印していた創作の熱がよみがえるのを感じる・・・『夜の小紋』。

 

十二から乾物屋に奉公に出され、若いころは親兄弟のために働き、嫁いでからは夫に尽くしてきた「いし」は、その夫を早くなくし、ひとり娘を嫁に出し六十を過ぎた今も、炭団や漬物の立ち売りをして一人で生計を立てている。娘が心配して一緒に住もうと言うが、少々寂しかろうと今の自由な生き方を貫こうとする彼女を描く『虚舟』。

 

三百俵の生家から三百石の旗本の戸田家の婿養子に入った新次郎。養親や妻に求められるのは、家を保つことだけである。実家での暮らしを思えばはるかに恵まれ安定した暮らしだけれど心は満たされず、ふとしたことから知った焼き物師の家に通い詰めるようになる。そこには彼と親子ほども年の違う娘がいて、師が亡くなったあと新次郎とともに焼き物にのめりこんでいく。夢と現実のはざまで悩む男の物語『柴の家』。

 

仏師の夫が広い家を求めたため、住み慣れた浅草から川向こうの寂しい北本所で暮らすことになった「さの」。ある日、自分が手放した若い日の着物を着た女が、櫛を万引きするのを目撃する。遠方の寺の仕事のため夫は家を空けることが多く、しかも芸者上がりの女までいたことを知ってむなしくなった彼女は、自分も少々艶な着物をまとってスリルを楽しむようになる。子のために夫婦の形をつくろって生きるのか、彼女の選択を描く『妖花』。

 

時代は江戸であるけれど、人の喜びや悩みは現代と変わりない。かろうじて家の体面とか長男次男といった問題は薄れたように思うが、今でもそれなりの家になれば、重要なことなのかもしれない。描かれているのは男女比が2:3ではあるが、読み終えて印象に残ったのは女性の強さ、であった。一人なら一人なりに、子がいればなおのこと。

 

女性が強くなければならないのは、子を産み育てる性であることもあるかもしれないが、それだけ女性にとって生きることが困難な社会である証左かもしれない。

 

相変わらず乙川さんの文章は鋭く無駄がなく、心地よい時間だった。

 

 

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表紙は速水御舟の「炎舞」