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胸を打つキエフ(放送当時)の姿

世界ふれあい街歩き』という番組が好きだ。出不精の私は、自分で実際に名所旧跡に出かけるよりも、この番組で、ヨーロッパの古い街並みの小さなパブや美しい川べりなどで、仕事帰りらしい人たちが飲みながらおしゃべりに興じている姿などを見るほうが楽しい気がする。

 

その『世界・・・』で、先日2019年に放送したウクライナキエフ(当時)の再放送があった。

 

路面電車の走る市街。教会の黄金のドームが日に輝き、のどかに街歩きを楽しむ人たち。ズラッと並んだ露店には、豊富な農産物が並び、ウクライナの豊かな大地を感じさせる。

 

そんなのどかな風景の中に、突然いかつい装甲車が現れる。建物はおとぎ話のようにクラシックで美しいクリーム色の建物だが、「チェルノブイリ博物館」だ。あのひどい原発事故を忘れないために、この装甲車はじめ、当時使われたものを展示しているという。

 

そばにいた人に話を聞くと、5歳だったというその人は「当初は何も知らされなかったが、やがて事故の詳細が知れ渡り、親から離されてクリミア半島のキャンプに連れて行かれ、怖くてつらかった」と言った。

 

もう1人が言った「この事故は私たちに大きな教訓を残してくれた。若い世代にそれを伝える。歴史から学ばない者に未来はないんです」という言葉は、自分の見たくない歴史は、隠したり修正してしまおうというどこかの国の偉い人たちに聞かせたい。

 

新しくできたという大きな橋(パーコビー橋)のそばには巨大な虹のようなアーチが作られていて、現地の人に聞くと、ロシアとウクライナの友好を表していて、黒くヒビのようなものが入っているのは、ロシアとの関係悪化を表現しているとのこと。

 

一緒にいた女性は「みなロシアに兄弟姉妹がいて結びついているのに、政治のせいで悪化した」と話す。イッセー尾形さんの「早くあのヒビがなくなるくらいうまくいくようになるといいですね」というナレーションが入るが、いまやそのアーチの存在さえ危うい状況になっている。

 

キエフ公国として東ヨーロッパ一の繁栄をしていたという国も、その後モンゴル・ロシア・ソビエトポーランドなど、周辺諸国に翻弄される。1991年ソビエトの崩壊によって独立を果たしてからも国情は揺れ続け、2004年のオレンジ革命や、2014年の一般市民の多くの犠牲の上に、やっと完全な独立を果たしたという。

 

平和そのものに見える街並みの中に、たくさんの顔写真が貼られた壁が現れる。居合わせた人の話では「2014年に始まった、ロシアとの戦闘で犠牲になった英雄たちの写真だ」とのこと。その人自身も戦闘に行っていたと言う。自分は無事に帰還できたが、犠牲になった2人の友人の写真を指し示していた。

 

街には子供にピザ作りを教える教室があり、そこは帰還兵士の心のケアをするためにあると紹介していた。ウクライナはずっと戦争がごく身近にあったのだ。「一朝ことあれば・・・」という覚悟は、ウクライナの人々にとって親しいものかも知れない。やはり服従だ非暴力だと、平和ボケとも言われる地にいる人間が、軽々に口にできることではないと痛感する。

 

 

それにしても、あまりに美しくのどかなキーウの風景で、ニュースで伝えられる現在のモノクロのような映像との違いに胸の痛みは増すばかりだ。この美しい街並みのどれだけが無事でいるだろう。楽しそうに散策している人たちは、今どこでどうしているのだろう・・・。

 

 

友好のアーチ。上のほうに黒く入ったヒビ。

 

我が家の(と言っても、これは入居した時すでに植えられていたもの)ツツジ。花をめでていられる幸せ。